■中島のこぼれ話のコーナーです。

ドラムを始めたきっかけ

ぼれ話の記念すべき第一回目です!
MIKOTO氏より一回目は音楽のことを中心に、とゆうことなので、
久保田氏にならって今回はドラムを始めたきっかけについて話したいと思います。

との始まりはウン年前(?)母親から「あんたも何か楽器をやったら?」という一言からだった。というのも我が家は結構な音楽一家で(ロックとは程遠い民謡というジャンルで)母親と妹は全国大会にも出場するという程の実力の持ち主だった。父親はというと、民謡こそ県大会止まりだったが、日本古来の尺八という楽器をやっていた。

戚にも音楽をやっているやつが多く(特にギター)、母親からも「ギターだったら買ってあげる。」と言われたが、何故かその時はギターという楽器に魅力を感じず、当時楽器屋に展示してあったフルセット5万円というドラムセットをお年玉で買った。後になって気が付いたのだか、ドラムというものは普通、家で叩ける代物ではない。しかも家は商店街の真ん中でバス停の真ん前ときている。とりあえず苦情が来るまでやってみるかということで叩きだした。

ドラムを叩く中島氏

めてコピーした曲は確か、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」だったと思う。それから当時の歌謡曲をコピーしまくった。この時は、ハードロック/ヘヴィメタルの存在など知る由もなかった。その存在を知ったのは、ギターをやっている従兄弟に出会ってからだ。日本では、ラウドネス44マグナムアースシェイカーX-RAYラジャス。海外では、マイケルシェンカーグループレインボーホワイトスネイクレッドツェッペリンなどなど・・・衝撃が走った!

れからはそれらの曲をコピーしまくった。当然それとともにドラムの音は大きくなり、近所でも評判のドラ息子となった!それでも近所の人は暖かく、たまに叩いていないと、「今日は、ドンチャカやらんと?(長崎弁)」と声をかけられた。聞くところによると、だいたい俺が叩き始めるのが夕方の4時前後らしく、(学校から帰って叩き始めるから)どうやら時報がわりになってたみたいだ。

していよいよ初ステージ!このライヴこそが、俺のドラマー人生を大きく左右することになる。ドラムを始めて三ヶ月、まだまだ基礎もできていない未熟者が、(少し前、松田・Sと噂になった)原田・Sの前座を勤めるという、なんとも無謀なことをやってのけてしまったのだ!大きなホール、そしてたくさんのお客さんの前で演奏するときの快感、この快感を味わいたいが為に今も(古井、久保田両氏のスピードナンバーにイジメられながらも)ドラムを叩き続けている!



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